女優、森光子(もり みつこ/本名・村上美津=むらかみ・みつ)さんが10日午後6時37分、都内の病院で死去していたことがわかりました。

死因は肺炎による心不全とのことで、最期は眠るように息を引き取ったといいます。
享年92歳でした。最後は甥の柳田敏朗(としろう)氏が森さんを支えてきたそうです。

東宝演劇部によると、9月から入院。
10日に眠るように息を引き取った後は、14日に生前の森さんの希望で親族4人だけで密葬を済ませました。このため、死後4日たってからの公表となったそうです。

森光子さんは、幼いころ両親を亡くしています。
芸能活動は長い下積み生活の後、「放浪記」で41歳にして初の主役。
そこからスターダムを駆け上がった遅咲きの人生でした。
舞台「放浪記」やテレビで不動の人気を誇り、文化勲章や国民栄誉賞も受けています。

プライベートではNHK大阪放送局の社員らと2度の結婚・離婚歴があります。
作家の水上勉氏との恋愛が取りざたされたことも。
常にマスコミに話題を提供してきた方でした。

2010年2月、ドクターストップで「放浪記」の5、6月公演中止が発表。
このとき「これにまさる苦しみはございません」と胸の内をコメントしていました。
同年4月30日のバラエティー番組の会見が最後の公の場となりました。

晩年になって、ファンから心配されていたのは認知症でした。

最初の兆候は、2008年10月02日『渡る世間は鬼ばかり 2時間スペシャル』にありました。
手が震えいたうえ、目は虚ろだったのです。踊りを披露するシーンでは多くの人が心配するほどで、ネットでも騒がれました。

2009年12月31日にNHK紅白歌合戦の審査員を務めたときが決定的だったと言われています。
そのとき以下のような会話がありました。

仲間由紀恵「審査委員の森光子さん、これまでご覧になっていかがでしたでしょうか?」
森光子「歌の力強さ、何にも負けない凄さを本当にいっぱい知らせていただいて嬉しかったです」
仲間「ありがとうございます。いよいよ残りあとふた組となりましたが白組そして紅組にもエールをいただいてよろしいでしょうか?」
森「・・・私から?」(キョトン)
仲間「はい、お願いします」
森「とてもじゃないけど、恐れ多くて・・・」
(会場がザワザワする)
仲間「紅組も白組も、勝ち負けではなくこうして心をひとつにして歌うということが本当に素晴らしい素敵なことだと私も感じました」
森「私が言うんですか?みなさんと同じです」
仲間「・・・どうもありがとうございます」
森「すいません」

少し前は、スクワットをして見せたり前転をしてみせたり元気な姿が印象的でしたが、舞台から去ってもう2年以上も経過していたんですね。パーキンソン病も患っていたという話もありました。

国民栄誉賞を受賞するなど素晴らしい女優でした。
演技はもちろんのことながらバラエティもこなし、特に志村けんさんとの絡みも面白かったですね。

心よりご冥福をお祈りします。